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2017年03月8日
1)顎堤の保存
Q:オーバーデンチャーあるいはインプラントオー バーデンチャーとすることで顎堤は保存,維持で きるのか?
A:少なくとも支台歯,支台となるインプラント周 囲の顎骨の吸収は抑制される.しかしながら,粘 膜支持部位では吸収は進行する可能性がある.
(1)天然歯を支台としたオーバーデンチャー 顎堤は抜歯後吸収していくことが知られている8,9) が,Zarb と MacKay 10)はこの現象を義歯使用による代 償(生物学的代償,biological price または biological cost)と考えるべきであると提唱した.
Crum と Roony 11)は上顎がコンプリートデンチャー,
下顎が天然歯を支台としたオーバーデンチャーの症例 (平均 0.6 mm)の方が,上下顎コンプリートデンチャー (平均 6.0 mm)よりも 5 年間での顎堤の吸収量が少な
かったことを示し,天然歯を支台としたオーバーデン チャーが顎堤吸収を減少させる,言い換えれば生物学 的代償を軽減させえることを示した.
(2)インプラントと骨吸収の抑制効果の違い 義歯床下の顎堤の吸収が不可避なものとすれば,そ の進行をできる限り遅くし,できれば抑制する方法を 考えなければならない.Brånemark 12)は早くからオッ セオインテグレーションタイプのインプラントが顎骨 の吸収を抑制し,かつリモデリングを促進するのでは ないかと考えていた. このことを検証した報告も多く見られる.Denissen ら 13)はインプラントを用いた症例の長期的な観察結果 において顎骨の量が維持されたことを報告し,インプ ラントによる顎骨吸収の予防の概念を提唱した.van Steenberghe ら 14)は 158 名のインプラントオーバーデ ンチャーの支台として用いたインプラント周囲の骨吸 収を 12 年間について長期的に観察し,平均 1.7 mm の 骨吸収にとどまったとしている.またその報告のなか で,吸収量は経過時間のみに関連し,患者の年齢,性 別,対合歯の状態,インプラントの位置,口腔清掃の状 態には関連しなかったと述べている.
Reddy ら15)は,60 名の固定性上部構造のインプラ ント症例において,術後に顎骨が(開始時 7.25 +/- 0.25 mm が 4 年後:8.18 +/- 0.18 mm)と有意に成 長したことを報告している.これに対してオーバー デンチャーとコンプリートデンチャーを比較した Kordatzis ら 16)の報告では,5 年間でコンプリートデン
チャーでは平均 1.63 mm であったのに対してオーバー デンチャーでは 0.69 mm であったとしている.一方 Blum と McCord 17)はインプラントオーバーデンチャー においても顎堤の吸収がみられたと報告している. これらの相反する報告は,顎堤の吸収の計測部位を どこに設定するかにかかわる違いであり,顎堤全体と して吸収量から支台歯あるいはインプラントの周囲で 維持される顎骨を差し引くことを考えるとその量は少 なくなると考えられる. 言い換えれば,オーバーデンチャーにおいても粘膜 支持部位での顎堤吸収が進行する可能性は依然として 残されていることになる.
(3)顎骨吸収のメカニズムとインプラント支台 以上のように,天然歯を支台とした場合ならびにイ ンプラントを支台とした場合にその周囲の顎骨吸収の 抑制効果がみられることは,歯根またはインプラント を介したリモデリングによる維持であることが予想さ れる.コンプリートデンチャーにおいて吸収が進行す るのは Atwood18)が提唱した顎堤吸収の三大要因の ひとつに力が含まれており,Maeda と Wood19)がシ ミュレーションモデルで示したように義歯床による沈 下回転が特定部位への圧縮応力の集中を招くこと,そ のことが骨膜での血液循環に影響し骨吸収に導く可能 性があることで説明することができる.これに対して Maeda ら20)が同じくシミュレーションモデルを用い て天然歯,インプラント,有床義歯を介した力でのリ モデリングの可能性を比較した結果では,天然歯とイ ンプラントでは骨の添加,吸収がみられるのに対して, 有床義歯下での顎骨では吸収のみがみられたことを報 告している.
(4)歯根埋伏法について 支台を介した力の存在が顎堤の抑制効果に影響する とするならば,歯根が粘膜下に埋伏している場合には その効果はあるだろうか.残存する歯根を埋入して顎 骨を維持しようとする考え方は新しいものではない. 当初の術式においては,歯根を骨縁下まで削りこみ, 軟組織で被覆することで,根の表面に顎骨が成長して 被覆することを期待していた 21, 22).しかし Bowles と Daniel 23)は生活歯根を埋入した場合について考察して いるように,結果的には上皮がダウングロースして歯 根表面に達してしまい裂開を生じることが多いことが 分かる.上皮のダウングロースを防ぐには Maeda ら24) が報告しているように埋入時に GTR のメンブレンで 被覆することがあり,その場合には顎骨の形成がみら
れた. 裂開には残存する歯根膜あるいは根管内の感染物質 が影響していることも考えられ,Demiralp ら25)が提 唱する意図的な再植のように,いったん歯根を抜歯し た上で歯根膜ならびに根管内の物質を除去した上で再 度埋入する方法も効果的であると考えられる.この場 合には歯根は骨に置換される可能性が高い. 歯根埋伏を行った後の顎骨の吸収に関しての長期間 のデータを示したものはほとんどないが,臨床的には 長期間に埋入した歯根そのものが存在している場合に は顎堤の吸収はほとんどみられないことが多い.それ に対して歯根が骨に置換された場合においては,その 部位の吸収速度は緩徐であることがいえる. しかしながら,これらの点については長期的データ による分析の余地が残されている.
2)歯根膜,インプラントに生理学的意義があるか
Q:歯根,インプラントを支台として用いる生理学 的意義はあるか?
A:咬合力を調節する上で効果があるが,支台の存 在で義歯が安定することで調節機能が向上してい る可能性もある.
Kay と Abes 26)はオーバーデンチャーの支台歯の歯 根膜が下顎の開口反射に寄与することを報告してい る.Nagasawa ら27)は支台歯の歯根膜感覚があること で咀嚼筋を効率的に活動させられると報告している. インプラント支台に関してはJacobsとvan Steenberghe 28)が,天然歯とインプラントの支台の口腔 内の感覚について比較し,インプラント支台では判別 閾値が上昇したことを報告している. Mericske-Stern ら29)も同様に天然歯とインプラント 支台の判別できる最小圧と最大咬合力を比較している が,インプラント支台での判別閾値ならびに最大咬合 力の上昇を報告しており,歯根膜の存在は大きな要素 ではないとしている.
さらに Mericske-Stern 30)は,天然歯の厚みの判別能 がインプラントよりも優れてはいるが,オーバーデン チャーとして義歯床で被覆した場合にはその効果は減 弱する可能性を示唆している.また,高齢者において は少数歯残存症例でのオーバーデンチャーは有効な選 択肢であり,下顎無歯顎に関してはインプラントも有 効な手段であり,機能的には歯根膜の有無は問題では ないとしている31).
一方,Trulsson と Gunne32)は食物を壊さずに把持
するための調節機能に関しては天然歯とインプラン トを比較して,歯根膜は正確な調節機能を有してい ることを実験的に証明している.さらに Svensson と Trulsson 33)は天然歯を支台とした固定性ブリッジと固 定性のインプラント上部構造での比較を行った結果に おいては,両者がほぼ同じであり,連結すると個々の 天然歯の調節能力は失われる可能性を示唆している. ただ,天然歯あるいは,インプラントを支台とするオー バーデンチャーの場合については検討された報告はな く,オーバーデンチャーの支台の生理学的な役割につ いてはさらなる検討が必要であるといえる.
3)支台の経過:支台の生存率
Q:オーバーデンチャーの支台の生存率に影響する 因子は?
A:天然歯の場合にはう蝕,歯周疾患が,インプラ ントの場合には埋入部位により生存率は影響を受 ける.
(1)天然歯支持のオーバーデンチャーの支台の生存 率
天然歯を支台とした場合の生存率については,テレ スコープオーバーデンチャーにおいて,上下顎それ ぞれについて Coca ら34) は 7 年経過において上顎で 68%,下顎で 73%,Mock ら35)は 10 年経過において 上顎で 83.5%,下顎で 60.6% と報告している. また,根面板を使用したオーバーデンチャーについ ては Ettinger ら36)は最大 12 年間におよぶ追跡調査の 結果 94.7%,Budtz37)は 3 年間で 95% であったと報 告している.天然歯支台のオーバーデンチャーでは支 台歯の喪失に至るまではいかないが,う蝕,根管治 療などにより支台歯の再治療が必要になることがあ り,前述の Ettinger ら36)は全支台歯の 23% がう蝕で, 16% が根管治療により再治療が必要であったと報告し ている. いいかえると,う蝕,歯周疾患に対する定期的なメ ンテナンスの必要性が高いことが示されている. 1支台歯のう蝕への対応
Toolson と Smith 38)はオーバーデンチャーの支台歯 に二次う蝕が高頻度で発生し,とくにう蝕のリスクの 高い患者においてはその状態が持続するとしている. また Toolson と Taylor39)は 10 年の経過において 77 歯のオーバーデンチャーの支台歯のうち 11 歯をう蝕 が原因で失ったと報告している.これに対してはすで に述べたように,適切なブラッシング方法のみでなく,定期的なフッ素の塗布やフッ素含有のジェルを塗布し た義歯をトレーとして用いることが考えられる. ToolsonとSmith38)は,定期的なフッ素の塗布が う蝕の抑制に効果的であることを報告している.フッ 素の効果に関しては Ettinger ら40–42) が抜去歯を用い た実験から,脱灰は根面よりも咬合面に生じやすいこ と,またフッ素の効果は濃度に影響されることを報告 しており,高濃度の NaF が効果的であるとしている. Hong ら43)は,その頻度に関してジェルを毎日塗布す ることが最も効果的であることを実験的に明らかにし ている.
2支台の歯周組織の変化への対応 オーバーデンチャーの支台歯においては,歯周組織 の変化も問題になる.Toolson ら44)は gingival index, pocket depth, plaque index, mobility に関して 89 名 のオーバーデンチャー患者について 2 年間観察した結 果においてはほとんど変化がなかったが,その理由と しての口腔清掃のモチベーションを高めたことをあげ ている.また Toolson らの 10 年後の結果 39)では歯周 疾患による抜歯は 4 本であった.
Renner ら45)は 7 名のオーバーデンチャーの患者の 12 歯について,6 カ月毎にメンテナンスを行った上で 4 年間観察した結果から,動揺が減少した支台歯が多 いことを示し,定期的なメンテナンスの必要性を強調 している.
Kern と Wagner46)は 74 名の患者おいての比較で, コニカルタイプのコーピングのみ,あるいはコーピン グとクラスプとを併用したパーシャルデンチャーでの 支台歯の歯周組織の変化は,クラスプのみを用いた パーシャルデンチャーに比較して少なかったと報告し ている.これはデザインを単純化することが,清掃性, 力学的に有利に作用した効果であるとしている.
(2)インプラントオーバーデンチャーの支台の生存 率
インプラントオーバーデンチャーにおける支台の生 存率は上顎と下顎で異なり,上顎は下顎に比べてイン プラントの生存率が低いと報告されており 47),実際に 上顎と下顎を比較した研究では Bergendal ら48)の 7 年 経過報告では上顎が 75.4%,下顎が 100%,Jemt ら49) の5年経過報告では上顎が72.4%,下顎が94.5%と報 告され,両報告ともに上下顎の間に 20% 以上の差があ る.この理由として骨質等の解剖学的な条件や咬合力 が加わる方向の違いが考えられている. 1上顎の場合: 上顎インプラントオーバーデンチャーのインプラ
ントの生存率に関しては,今までに多くの臨床研究 が行われているが,5 年以上の長期経過報告におい て,Jemtら50)の71.6%からSannaら51)の99.2%と 報告によって大きな差がある.Goodacre ら52)は,上 顎インプラントオーバーデンチャーは他のインプラン ト補綴と比較して最もインプラントの喪失が多いと報 告している.しかし,これまでの報告の結果を見ると 2000 年を境に生存率が大きく異なり,2000 年以前 の報告ではほとんどが 70% ~ 85% であるのに対し, 2000 年以後の報告では 85% ~ 95% と大きく増加し, 2005 年以降の報告ではほとんどが 95% 以上である. これはインプラントの表面性状の変化や過去の報告か らのインプラント本数等の治療計画の見直しによるも のと思われる. また,インプラントの生存率はインプラント数や使 用アタッチメントによっても異なる.下顎では McGill コンセンサス 5–7),York コンセンサス 53)において 2 本の インプラント支持が第一選択であると報告されている が,上顎に関しては明らかなインプラントの本数につ いての報告はない.Slot ら 54)は上顎インプラントオー バーデンチャーに関するレビューにおいて,支持イン プラント数が 6 本以上の 7 報告からバーアタッチメン トを使用した場合は 98.2%,支持インプラント数が 4 本以下の 4 報告からバーアタッチメントを使用した場 合が 96.3%,3 報告からボールアタッチメントを使用 した場合は 95.2% と算出している.さらに,それ以外 のアタッチメントを使用した場合は,マグネットを使 用した場合の報告はなく,ロケーターを使用した場合 が 100% 55, 56)と報告されているが,長期経過報告は少な く,また症例数が少ないため今後の報告が期待される. 2下顎の場合: 下顎インプラントオーバーデンチャーについても上 顎と同様に多くの臨床研究により報告されているが, 5年以上の長期経過において 94.5%50)~ 100%48)と 上顎に比べて生存率に大きな差は見られない.インプ ラントアタッチメントによる生存率を比較した場合, 主にバーアタッチメント,ボールアタッチメント,マ グネットアタッチメントが使用されており,Davis ら57)は5年間での生存率がボールアタッチメントで 96.2%,マグネットアタッチメントで 91.7%,Naert ら58)は10年間においてボール,バー,マグネットの すべてで 100% と報告している.また,インプラント の本数と生存率の違いについては,前述の2つのコン センサス5–7,53)に示されているようにほとんどの報告 が 2 本のインプラントを支台として使用しているが, Batenburg ら59),Visser ら60),Meijer ら61)がそれぞれ
3 年,5 年,10 年間にわたり 2 本の場合と4本の場合 を比較しており,両者の間に有意な差は見られなかっ たと報告している.また,Walton ら62)は1本と 2 本 の場合を比較し,1 年間で両者とも生存率は 100% で あったと報告している. 以上のように,天然歯の支台の場合にはう蝕,歯周 疾患が,インプラントの支台の場合には埋入部位によ り生存率は影響を受けると考えられる.
4)アタッチメント
Q:支台装置(アタッチメント)にどのような差が あるか,どのように選択すべきか?
A:それぞれに適応できる条件が異なり,単なる比 較は無意味であり,同一症例における選択では利 点と欠点を考慮して選択するべきである.
2013 年末で Pub-Med で検索するとインプラント オーバーデンチャーのアタッチメントに関する比較研 究は約 50 論文ある.その多くが模型実験による維持 力の比較,維持特性の比較,臨床的には患者満足度の 比較,問題事象(周囲骨の吸収を含む)の発生頻度の 比較などである. 模型実験では維持力の大きさが主に検討され,ボー ル,ロケーター,バーのように金属や弾性材料でアン ダーカットをつかむタイプのアタッチメントの場合に は初期の維持力が大きくても継時的に減少するが,磁 性アタッチメントではほとんど変化しないことが明ら かにされている63).
臨床的な比較では Neart ら64)の報告では磁性アタッ チメントの維持力の低下が示されているが,義歯床の 回転沈下による位置ずれが原因であったことが推定で きる.
Ellis ら65)のボールアタッチメントとマグネットア タッチメントの比較研究では,ボールアタッチメント に対する患者満足度が高かったものの,被験者の 3 分 の 1 が最終的に磁性アタッチメントを選択している. また Akca ら66)の早期荷重 1 回法によるインプラント オーバーデンチャーにボールアタッチメントとロケー ターアタッチメントを用いた 5 年間 19 症例の RCT の 報告では,両者の成績に大きな差はないものの,骨吸 収や問題事象の発生頻度はややボールアタッチメント で多くみられたとされている.Al-Zubeidi ら67)の 5 年 経過症例に関する研究結果においては,5 年後には患 者満足度においてアタッチメントのタイプによる差は なかったと報告している.
Trakas ら68)のレビューにおいては文献をもとに,1 インプラントの生存率,2インプラント周囲骨の吸収 量,3軟組織の変化,4維持,5応力の分散,6必要な スペース,7問題事象,8患者満足度,をもとにアタッ チメントを選択することを提唱している. しかしながらこれまでの研究結果にはあまり共通性 があるとは言えない.これは単に同じアタッチメント というカテゴリーには含まれるが性質の異なるものを 同列に比較していることが原因であり,今後はアタッ チメントの高さ,幅,さらに埋入位置を少なくとも同 一にして検討する必要があると考えられる.
5)患者満足度(維持,安定を含めて) Q:オーバーデンチャーの患者満足度は高いか?
A:満足度は高いといえる.
Ettinger と Jakobsen69) は,天然歯を支台とした オーバーデンチャーの患者満足度を予測するには, その維持と外観が指標となることを報告している. Wismeijer ら70)は,従来のコンプリートデンチャーで は難症例とされたインプラントオーバーデンチャー 64 症例において,装着 6 年後までの経過において 95% の症例で満足が得られたと報告している.Feine ら71) は固定性と可撤性のインプラント上部構造の比較をク ロスオーバーの形式で,患者がどちらを選択するかを 検討した.その結果では可撤性を選択したグループの 年齢は高く,外観や安定性よりも清掃性の容易さを最 も重視したとしている.Boerrigter ら72) は 130 名の 被験者による RCT でコンプリートデンチャーとイン プラントオーバーデンチャーの満足度を比較している が,顎堤がより吸収している症例においてインプラン トオーバーデンチャーによって満足度を向上させたと している.
さらに Walton ら 62)は,インプラントオーバーデン チャーの支台となるインプラントが 1 本の場合と 2 本 の場合について RCT を 86 症例で実施しており,装着 1 年では両者の満足度には差がなかったとしている. また Thomason73)は,インプラントオーバーデン チャー装着後の患者満足度と口腔関連 QOL について 10 論文 7 つの RCT によるメタアナリシスを行ってい る.その結果,インプラントオーバーデンチャーはコ ンプリートデンチャーに比べて高い患者満足度と口腔 関連 QOL を示したとしている. 以上のようにオーバーデンチャーはコンプリートデ ンチャーに比較して患者に満足度を与えうるものであるが,満足度を高めた要因が維持なのか安定なのかは まだ明確にされていない.
6)咀嚼機能,咬合力
Q:オーバーデンチャーは咬合力,咀嚼能力(能率) に関して通常のコンプリートデンチャーと比較し て優れているか?
A:オーバーデンチャーはコンプリートデンチャー よりも優れているが,その要因としては義歯の安 定があげられる.
(1)天然歯支台のオーバーデンチャーの場合 天然歯支台のオーバーデンチャーについては咀嚼 能率を比較した報告は少ない.Fontijn-Tekamp ら74), Rissin ら75)は天然歯列とコンプリートデンチャーと オーバーデンチャーの 3 種類を比較し,オーバーデン チャーは天然歯列には劣るがコンプリートデンチャー よりはすぐれていたと報告している.さらに,Chen ら76)はインプラントオーバーデンチャー,天然歯支台 のオーバーデンチャー,コンプリートデンチャーを比 較し,両オーバーデンチャーに差はなく,両者ともに コンプリートデンチャーよりはすぐれていたと報告し ている.
(2)インプラントオーバーデンチャーの場合 インプラントオーバーデンチャーと一般的なコンプ リートデンチャーとの咀嚼能率の比較は以前から行わ れており,Garrett ら77)は両者に差はないと報告して いる一方で,Geertman ら78),Pera ら79),Bakke ら80) は前者が後者よりもすぐれていると報告している.ま たさきの Fontijn-Tekamp ら74) がコンプリートデン チャー,インプラントオーバーデンチャー,天然歯列 について咬合力と咀嚼について比較検討した結果によ れば,咬合力は天然歯列,インプラントオーバーデン チャー,コンプリートデンチャーの順に小さくなった. しかし咀嚼能率に関しては残存する顎堤の高さに大き く影響され,インプラントオーバーデンチャーはコン プリートデンチャーで残存顎堤の良好なグループと吸 収したグループの中間に位置したとしている. さらに短縮歯列(shortened dental arch: SDA)の 場合には健全歯列とほぼ同様な咬合力は示したが,咀 嚼能率は低下した.いずれのグループにおいても最大 咬合力と咀嚼能率との間には有意な相関がみられたと している.このことは咀嚼に関してインプラントオー バーデンチャーがコンプリートデンチャーに勝るのは
顎堤が不良な場合に限るという Kimoto と Garrettt 81) の報告もこれを裏付けている. また,アタッチメントの種類による咀嚼能率につい ては,van Kampen ら82)はボール,バー,マグネット の 3 種類のアタッチメントを比較し,3 者の間に違い は見られなかったと報告している.インプラントの本 数による違いについて,Geertman ら78)は 2 本と 3 本 のそれぞれバーアタッチメントを使用した場合につい て比較し,両者に差はなかったと報告している.以上 のことからインプラントオーバーデンチャーの咀嚼能 率についてはアタッチメントの種類やインプラントの 本数に関係なくコンプリートデンチャーよりもすぐれ ており,特に顎堤吸収の大きな症例にはその効果は高 いと思われる. これらの結果からも,オーバーデンチャーにおいて も安定が重要な因子であり,特に顎堤の形態が不利な 場合には義歯そのものが安定するように設計製作する ことの重要性がわかる.
7)術後の問題事象とメンテナンスの必要性
Q:オーバーデンチャーは術後の問題事象の発生頻 度は高いか?
A:問題事象の発生頻度は高いが,発生を抑制する 方法は存在する.
術後の問題事象には生物学的なものと,機械的なも のがあるが Walton と MacEntee 83)もまた,29 症例の インプラントオーバーデンチャーの最長 3 年経過にお いて,修理の頻度が高く,義歯のメンテナンスが必要 となることを指摘している.Goodacre ら52)もインプ ラント上部構造のなかでもインプラントオーバーデン チャーに関わる破折等の問題事象の発生頻度が高いこ とを報告している. これらの最大の要因は効果的な補強がなされていな いことであり,2009 年の AO のコンセンサス84)にお いても指摘されている.これに対しては,顎堤頂 85)な らびにインプラント上を走行する立体的補強構造86) を設定することが有効な予防手段であり,Rentsch- Kollar ら87)は下顎インプラントオーバーデンチャーの 10 年における経過観察の結果では,補強構造を付与し ていたために破折等の事象はほとんどなかったと報告 している.